元旦に起こった大地震で、能登半島は壊滅的な状態。犠牲者は「100人」を超えるらしい。
「能登半島」には、特別の想いがある。父・小林春吉の母「古め」さんの故郷。父・小林春吉は1893年(明治26年)2月20日、父・小林幸三郎、母・小林古めの間に生まれているが、春吉の本籍は「石川県鳳至郡島崎村字恋が浦カノ30番地」。
島崎村は現在の穴水町。今回の地震で、かなりの被害を受けたらしい。
2日も、3日になっても「大きな余震」が続く。今までと、まったく違う「地震」ではないのか? 不安だ。
去年5月5日、この地域で起こったM6・5の地震の後、研究者は大きく分けて「2つのシナリオ」を提示した。
1つは「流体によって生じた断層のひずみが解消され、今後、徐々に地震活動が落ち着く」という見方。この規模の群発地震は世界的にも「平均的に3年ほどで収束」している。だから、一連の活動は終わりに近づく!と考えるのが「多くの意見」だった。
全く違う「少数意見」も存在した。
去年5月5日の地震の前まで、震源の大部分は珠洲市北部の海岸近くに集中していた。ところが、M6・5の地震の後、震源域が急激に北側の海域に拡大したのだ。
その震源域を横切るようにして走っているのが「珠洲沖セグメント」と呼ばれる海底活断層。もし、この「珠洲沖セグメント」が動くと、地震の規模はM7クラスに上る!というのが「少数意見」だった。
元旦に起こった「能登半島地震」は、まさに、この「少数意見」の言う通りだった。
いつも「自然」は、人間サマの予測を嘲笑うような「意外な存在」なのだろう。
考えてみれば、大地震はいつの「天罰」のようにやって来る。
正直言って、不安だ。東京に「天罰」がやって来たらどうしよう? 右半半身麻痺の当方、何も出来ないじゃないか?
そんな複雑な思いの最中、2日の夕方、羽田で飛行機衝突。常識的には「起こり得ない事故」がここでも起こった。
これも「天罰」ではあるまいか?
2024年は「昭和99年」。約100年前、日本人は「新しい技術」を売り物にして、次々に「株式会社」を誕生させた。
多くが成功した。サラリーマンという職業が生まれ、みんな「株式会社ニッポン」の社員になった。ほどほど「幸せ」だった。
でも、ここ30年ぐらい「株式会社ニッポン」の業績は「低迷」。人々の多くが、何をして良いのか?「混乱」している。
そこへやって来た「天罰」の数々。そう考えると、めちゃくちゃ不安になる。
とは言っても、昭和19年生まれの当方。10月には80歳。何があっても、いずれ、この世から無くなる「存在」じゃないか。心配しても仕方ない(笑)
3日、遊びに来た長男を相手に「お互い、天罰に負けずに、無理をしないで行こう!」なんて話したりした(笑)
<何だか分からない今日の名文句>
悲観的に準備して
楽観的に行動せよ