偏狭な「ネトウヨ」に不安

 昨日のブログで、日本国が経験する「近隣諸国による集団いじめ」。それも、中国各地で起こっている「尖閣諸島の中国領有権を訴える反日デモ」について書いたが……今日は、日本に台頭する「偏狭なナショナリズム」についても触れたい。
 尖閣諸島問題は二つの側面を持っている。一つは「日本固有の領土。死守しなければならない」という国益の側面。
 もう一つは、アメリカにとって、中国にとっても「軍事衝突の火種を残している危険な場所」という側面である。
 特に、アメリカは、前回触れたように日本にも、中国にも、この問題では軍配を上げない。
 ということは、日本、中国、台湾の間で衝突が起これば、アメリカは「自由に軍事的介入が可能な立場」になる。
 アメリカは「火種」を残すことで、沖縄駐留を正当化している。
 尖閣諸島は、この複雑な構図の中にある。
 日本における「偏狭なナショナリズム」は、ただただ「死守すべき固有の領土」という側面だけで、ものを言う。
 それは、間違いではない。が、もう一つの「尖閣諸島は発火させてはならない火種」という側面を忘れている。
 平和外交は「ずる賢く」動かなければ実現しない。
 心配なのは、最近話題の「ネット右翼(ネトウヨ)」と言われる人たちである。
 彼らは「過激は善!」「過激は美徳!」と勘違いしている。
 よく言えば、純粋すぎる。
 「シナ人を追い出せ!」「朝鮮人を追い出せ!」
 聞くにたえない ネットに書き込まれる文句。
 そこに、僕は「暗い情熱」を感じる。
 彼らは、全てを「善」か「悪」かの二つの価値観に分けて考え、判断して行動する。
 世の中、それほど単純ではない、と知りつつ「善」か「悪」か、に分けて考え、彼らは常に「自分=善」に立とうとする。
 どうしても「賛同」してもらうためには「善」が必要! と思うのだろう。正義感が全てなのだ。
 正義感のネット右翼にはより過激に、より刺激的に走る。「タブー破り」の快感もあるのだろう。
 しかし、彼らの正義が、何かのトラブルを起こし、地域紛争に火を付けたら……。
 「周辺諸国の集団いじめ」の昨今。あえて冷静に、冷静に。
 我々は冷静になって「偏狭なナショナリズム」と距離感を持つべきである。

<何だか分からない今日の名文句>
自分の正義感より、みんなの平和