嫌に暑苦しいGWが終わった。
実は、この間、失礼な、嫌に「残念」なことをしてしまった。
連休の後半の金曜日、サンデー毎日の城倉編集長から「締切の連絡」のメール。そこに「おつかれさまです。5月3日に四方洋さんの葬儀に行ってきました。聖イグナチオ教会で行われました。鳥越(俊太郎)さんも来ていました」とある。
四方さんが亡くなった? 知らなかった。慌てて、ネットで調べると、
<四方洋さん80歳(しかた・ひろし=元サンデー毎日編集長)4月29日、特発性間質性肺炎のため死去。通夜は2日午後7時半、葬儀は3日午後1時半、東京都千代田区麹町6の5の1の聖イグナチオ教会。喪主は妻久美子(くみこ)さん。
毎日新聞退社後もコラムなどの執筆を続けた。著書に「離婚の構図」(毎日新聞社)、「土着権力」(講談社)など>
誰か、教えてくれたらよかった。
四方さんは毎日新聞社会部の先輩。親しくして貰った。四方さんの下で、社会部流の辛口の「政治もの」を何度か、書かせてもらった。
政治部に移っても、可愛がってもらって、一緒に、本を出したこともある。「代議士は毎日何をしているのか―代議士諸君の生態学 」(1983年)
「小牧 ひろし」というペンネームは「小⚪️さん」と「牧太郎」と「四方洋(ひろし)」の3人で書いた、という意味。でも、四方さんは殆ど書かず、アイデア担当。小⚪️さんは遅筆で、最後は、僕が「山の上ホテル」で缶詰になって書き飛ばした。
でも、これはよく売れた。四方さんのアイデアは抜群だった。
四方さんの人間関係は広く、深い。ある日、有名なTBSの女性プロデューサーに会いに行け!と命令された。目的が何か分からなかったが、後で気がついたら、この女性が夜の情報番組を立ち上げている途中だった。僕をキャスター候補として、推薦したらしい。(彼女、僕と面接したが「テレビに似合わない」と不合格にしたのだろう)
四方さんはいつも「命令」する。現在も雑誌「蕎麦春秋」の編集長。「コラムを書け!」と命令され、2号から数年間「牧太郎の隅田の風」を書き続けている。
そんな親しい間柄なのに?知らなかった。
特発性間質性肺炎?どんな病気なのだろう。
簡単に治してしまうことのできない病気らしい。肝臓が硬くなって縮む「肝硬変」という病気があるが、特発性間質性肺炎とは肺の「肝硬変」みたいな病気らしい。どうして、そんな病気になったのか?
四方さん、ごめんなさい!
必ず、あの世で、ご挨拶しますから。ご冥福を!
<何だか分からない今日の名文句>
誰も桜が散るように、新緑に包まれ、逝く